北海道観光のニュートレンド・ファームレストラン

 「あなたにとって、北海道観光の魅力とは?」
海や山、湖、大平原に広がる牧場といった雄大な自然?それとも、こんこんとわき出る良質の温泉と開放的な露天風呂?いやいや、ダイナミックなアウトドア体験こそ本命だ!
 そんなたくさんある魅力の中、新鮮な海の幸や農畜産物、牛乳・乳製品など北の大地が育んだ美味しい食べ物も「大きな旅の楽しみ」であることは間違いないでしょう。
 北海道を訪れる観光客がその熱い想いを寄せる「北のグルメ」たち。カニや秋鮭、イクラ、ウニといった「海の幸」はもちろんですが、近年、新鮮な生乳から作られたアイスクリームやソフトクリーム、チーズ、スイーツ類などの乳製品、そしてそれらを提供するファームレストランというニュートレンドが登場してきました。そんなファームレストランがいかに多くの観光客を呼び込み、北海道のイメージを形成していくか。今回は、ニセコ、富良野という二つの観光地で健闘するファームレストランを訪ね、その魅力と可能性を探ってみたいと思います。

生乳の美味しさを伝えたいという想いが人を呼ぶ

乳製品だけでなく、地元農家の野菜も並ぶ

 蝦夷富士、羊蹄山の西に位置するニセコ。大自然の雄大な景観と道内有数のビッグゲレンデに恵まれ、ここ数年、海外からの観光客が急増してきました。冬になればオーストラリアからパウダースノーを求めるスキーヤー、スノーボーダーたちが長期滞在で訪れ、ニセコのヒラフ地区は外国人観光客のみならず彼らをターゲットとしたオーストラリアのツアー会社や外資系スキー用品店も増えてきており、その一角は別名「リトル・シドニー」と呼ばれているとのこと。
 そんな国際化が進むニセコ・アンヌプリの山麓にファームレストランがあります。平成23年春にオープンして以来、地元北海道のTV番組や観光情報誌などにも取り上げられ、口コミやネット情報を見た観光客が押し寄せる「行列のできるレストラン」。

 羊蹄山を正面に見据える雄大なロケーションの中に作られたT牧場。自分の牧場の生乳に高い価値を付けてお客様に提供したい……そんな想いからアイスクリーム製造に着手したのが平成8年。とにかく「牛乳らしいコクのある味」を出したかったという社長のこだわりが客の舌を魅了し、このアイスクリームを求めて地元だけでなく首都圏からの観光客が年々増加し始めました。これがきっかけとなり、ヨーグルト、シュークリーム、そしてロールケーキと、年を追うごとに新鮮な生乳を使った新製品を開発。その味が口コミで評判となりまた新たな観光客を呼ぶ。その観光客たちの要望に応じてさらなる製品や施設を追加するという、良い循環に入っていきながら、最後に着手したのがこのファームレストランだったということです。
 これまでも牧場内でのレストランは存在してきましたが、最近は、時代に即したトレンドを積極的に採用し、新たな観光の魅力を自ら作り出すオーナーの方が増えています。今後もこのような動きは加速していくものと思われ、北海道の観光資源はまだまだ成長していく可能性を秘めているといえるでしょう。
 「私たちはレストランという分野では素人。ですから最初にメニューと味付けを考案する時も、プロの料理人の味ではなく、われわれ酪農家でしか提供できない味、素材の良さを最大限に引き出せるレシピにこだわったんですよ。」と、熱く語る社長のTさん。
 彼の次の目標は、チーズの製造と、実際に牛を見ることができる見学ルートの設営とのこと。ここを訪れる多くの観光客たちは素晴らしいロケーションや味もさることながら、その奥にある「牛飼いのロマン」に惹かれてやって来るのに違いないでしょう。
 酪農家ならではのロマンを追求した、他では味わえないメニューは、スキー・スノーボード客で賑わうニセコにとって新たな観光資源となっています。初めてニセコに訪れる観光客にとって、パウダースノーだけではなく、スイーツやレストランも美味しいといった新たな北海道のイメージ形成につながっています。ここにさらなる見学ルートや新製品が加わることでますます観光客が増加するでしょう。
「酪農が観光を生み出す」というこの事例は、酪農家のたゆまない努力が新しい観光のトレンドを作ることを示唆しており、T牧場の取り組みの中に、酪農業に内在している新しい北海道観光のカギを見出すことができました。

体験とチーズが人を呼ぶ

 同じように、想いを具現化することで人を呼ぶ場は他にもあります。北海道のほぼ中心「北海道のヘソ」に位置する富良野。西富良野岳山麓の「チーズ公園」と呼ばれるエリアに、旅行シーズンなら1~2時間待ちはあたり前という超人気の本格ピッツァの専門レストランF工房があります。ここを運営しているのは市の第3セクターで、使用している原材料はもちろん地元酪農家たちが生産する新鮮な生乳です。

大自然に囲まれた工房

お店人気メニュー、ピッツァ・マルゲリータ

 森に囲まれた広い敷地内にはピッツァレストランの他、アイスミルク、チーズ、手作り体験工房と4つの施設があり、製品はそのすべてが地元富良野にこだわっているとのこと。
 こちらのお店の原点はチーズ作り。当時の市長が「富良野のワインにあう新しい製品を生み出したい」という町興しへの想いから、行政と民間が一体となって地元酪農家の生乳と富良野ワインを使ったオリジナルのチェダーチーズを開発。それをきっかけに公社を設立して各種チーズも作れる製造工房を作り、順次牛乳やジェラートタイプのアイスを製造する設備も拡充していきました。
 「本格的に観光客が増加しはじめたのは、バター作り体験をやり出したのがきっかけだったように思います。せっかく都会から来ていただいたので、普段できないバター作りを体験してもらい、富良野の生乳の良さも知っていただければ、ということで試しにやってみたのですが、いやはやその反響には驚きましたよ。」と、当時を振り返るF工房常務のKさん。
 本州からの中学生の体験学習をきっかけに、噂を聞きつけた個人ツアー客やネット情報で知った海外からの観光客も訪れるなど、休日には広い駐車場も満杯状態だったとのこと。このことが新たな「手作り体験工房」増設へとつながり、さらには食事施設もつくることの要因となったわけです。
 オーナーの乳製品へのこだわりと行政の後押しが、観光資源の魅力を最大限に引き出し、新たな観光スタイルを作りあげ、観光客を呼び込む好例といえるでしょう。

北海道の酪農には観光客が求める魅力がある

 観光とは、ある意味で「非日常体験」を楽しむこと。そこでしか味わえないグルメや、そこでしかできない体験が観光客を誘引する力となります。これは日本人だけでなく、今急増している海外観光客にとってもしかり。現に今回訪れたニセコ、富良野で出会った海外旅行客が口をそろえて言った北海道の魅力、それはまさに「美しい酪農風景」であり、「北海道で味わえる美味しいチーズやアイスクリーム」でした。
 北海道の酪農家が作ったこだわりの乳製品が観光客を呼び、乳搾り体験やバター作りといった新しい体験が観光客を魅了します。酪農産業には、既存の観光資源にプラスして、北海道の観光価値を高めることができるポテンシャルがまだまだあるでしょう。
 酪農が地域の産業を支えることで、地域が活性化され北海道観光の推進力になる。今回の取材を通じて、そんな強い確信を抱いた次第です。