牛とともに歩んできた北海道

 果てしない大空と広い大地。地平線まで続く真っ直ぐな道の両脇には牧草地帯が広がり、そこで牛や羊たちが草を食むのどかな風景。ヒットソングの歌詞か映画のワンシーンのようですが、北海道という言葉を聞けばまず、このようなイメージを抱く人は多いでしょう。事実、北海道をはじめて訪れる人の多くは、空港に降り立ち、目的地に向かう車窓からそんな雄大な風景を目にして「ああ、ついにあこがれの北海道にやってきたんだ!」という感慨にふけると言われています。
 一大農業王国であり日本の台所でもある北海道は、ジャガイモはもちろん、豆もトウキビもカボチャも美味しく、最近では、お米でも食味評価において特A評価を受ける品種もあります。そんな中、この北海道農業を語る上で重要なポジションを占めているのが酪農であるいうことを皆さんはご存じでしょうか。
 日本最北の寒冷地、北海道。その開拓の歴史の中で最初に注目されたのは、寒冷地での栽培が困難だった米や麦ではなく、寒さに強い牛を育てる酪農でした。明治に入って北海道に入植した農家の人たちは、牛と広大な土地を得て、酪農への道を歩み始めました。それは厳しい大自然の中で開拓のくわをふるう彼らにとって、毎日の苦楽をともにする牛たちの存在が、単なる道具ではなく友でありパートナーへと変わった瞬間でもあると言えるでしょう。
 それから時を経ること140余年、今や北海道農業の中で酪農部門の売上げは全体の4割弱、また生乳生産量では北海道が全国の5割以上を占めるまでの地位を築き上げてきました。そういった部分から見れば、北海道農業の歴史は酪農の歴史であり、「牛とともに歩んできた北海道の農業」と言っても過言ではないでしょう。こうした北海道農業を支える酪農は、酪農家の努力もあり、酪農業だけでなく、昨今は観光産業でも一役を担っています。酪農がつくる観光の特徴的なものとして、体験という分野があります。食・風景・アクティビティだけではない、観光客に酪農を体験してもらうことで得られた北海道の新たな観光の魅力は、観光客の動向を変化させ新しい観光資源をを生み出しています。

酪農王国の担い手たちがつくる酪農観光

 北海道農業の立役者である酪農家は、これまでに多くの課題と直面していました。地方での少子高齢化に伴う人口減に加え、生き物相手で休みの少ない労働、経営そのものが苦しいという認識が生まれ、後継者たちは都会に流出しはじめ、絶対的な酪農人口が年々減少しています。しかし、一方でふるさとである北海道へUターン就農する若者たちが増えてきていたり、北海道旅行から「北の魅力」の虜となってそのまま居着いてしまった、あるいは一心発起し北海道農業を志してやってきたIターン就農という事例もよく耳にするようになりました。
 これらUターン、Iターンという新たな酪農の担い手たちに共通して言えることは、消費地を意識した新しい視点を備えているということではないでしょうか。都会の生活を経験した彼らは、北の魅力を最大限に生かす酪農経営とは何か、都会の人達が北海道に求めているのは何かなど、課題意識を持ちつつ、都会で習得したノウハウを駆使しながらチャレンジする酪農の担い手たちとなっています。
 彼らが目指すその先は、これまでの酪農の仕事だけにとどまりません。酪農の価値をしっかりと消費者に伝えるため、農場の宿泊施設で観光客を受け入れながら都市生活者とのきずなを築きあげるファームイン、農場で採れた素材を提供し、その良さを知ってもらうためのファームレストラン、農場の生乳を使用したこだわりのチーズやアイスクリームなどで生乳の価値を高めるための乳製品製造・販売業など、多種多様な取り組みをしています。こうした「都会的発想」で作った施設や製品が、近隣エリアのみならず道外の観光客を引っ張るという、強力な「観光客の誘因効果」を発揮しはじめたのです。

酪農家の取り組みが観光客を呼ぶ

 これら一連の取り組みは、宅配便の発達やネットによる情報発信に代表される「物流・情報のインフラ環境整備」という追い風を受けて、牛を育てて生乳を出荷するという従来のスタイルから、乳製品の製造販売・レストラン営業、ファームインといった酪農プラスアルファの複合経営スタイルに変貌を遂げました。例えばファームインでは、広大な北海道の自然や酪農にあこがれて開業したという牧場や様々な趣向をこらした施設があります。
 製品開発の面では、早くからチーズづくりに取り組んでいる牧場もあります。また、新鮮な素材を生かしたアイスクリームや牛乳の製造・販売は、北海道各地で活発になってきているとのこと。
 このように北海道全体を通して、生乳生産だけでなく酪農の価値を伝える牧場が増えてきたことで、酪農産業は観光分野においても食・体験・アクティビティ・景観とあらゆる側面で観光資源となり得る非常に貴重な産業となっています。
 また、酪農家一人一人が消費者と直接触れ合うことで、冒頭で示した酪農に対する消費者の認識も徐々に変わってきていると言えるでしょう。ユニークで愉快なオーナーが経営するファームインや、グルメを満足させるファームレストラン、また搾りたての生乳で作られたソフトクリーム、チーズなどは口コミやネットでその情報が広がり、今や地元のみならず本州からの観光客が押し寄せるまでになってきました。
 北海道酪農のメッカ、道北や道東を旅すれば、牛乳・乳製品の「食」に加えて、一面が牧草地という雄大な酪農風景も楽しむことができます。稚内市の「宗谷丘陵」や中標津町の「開陽台」、標茶町の「多和平」、上士幌の「ナイタイ高原牧場」等、その日本離れした広大なスケールの牧草地帯は、人気の観光スポットにもなっています。
 こうした酪農がつくる観光という流れを、この先確かなものとして定着させていく為には、酪農家たちの本来の生業のたゆまぬ努力に加え、酪農観光情報の魅力を効果的に発信していくネット上の仕掛けやメディアのサポート、さらには地元ホテル関係者や大手旅行業者と酪農家がタイアップできるシステム作り等、多くの施策が考えられます。そのためには、政策的サポートを担う行政の動きも当然必要となってきます。実行部隊である酪農家、情報発信と集客の機能を担うメディアや観光業、そして両者の動きをバックアップ、サポートする行政、これら三者が三位一体となって動き出す時、酪農観光王国・北海道の輝かしい未来がさらに開かれていくことでしょう。