地域コミュニティの活性を考える上で、その土地の特性を生かし、いかに周りを巻き込んでいくかが重要となります。北海道根室管内の北部に位置する中標津町。今回は、この中標津町を事例に、酪農という特性を活かした地域活性について考えてみたいと思います。

中標津役場

 中標津町は、根室振興局管内では根室市に次ぐ人口を擁し、管内中部の中核都市として発展を続けています。2005年からは北海道庁による移住促進事業のパートナー市町村として、道外からの移住を推進しており、NPOによるお試し暮らし住宅の紹介やロングステイの相談など、移住サポートプロジェクトの活動も盛んです。道東の空の玄関口であり、空港から延びる道路沿いの赤い屋根の牛舎、草原のじゅうたんに群れる牛たちがおりなす景観は、酪農が盛んな町という第一印象を与えてくれます。
 町の農林課のIさんは「出先機関が多く移動人口が多い町。都市と田舎の二つの顔を持っていて、賑わいはあの西部のゴールドラッシュのイメージかも」「町外からの人が多いのですが、快く受け入れてくれる人が多いと思います」と、住民気質を語ってくれました。こうした地域内外での人々の交流が盛んな土地は、周辺自治体より都市機能が充実しており、観光客・移住者向けの様々なイベント・施策を展開しているのが他の地域にはない特長です。中標津町では、農業青年の花嫁募集という移住に対する取り組みを実施したり、なかしべつ夏祭りでは日本一の提灯を見に道内外から多くの人が集まったりと基幹産業である酪農を起点とした施策やイベント、条例など地域活性化のヒントが多々つまっています。

牛乳消費拡大はまず地産地消拡大から

 中標津町は、乳牛飼育頭数が約4万2千頭で道内4位(参考1)、乳質は酪農家の努力で日本トップクラスを誇っています。しかし、Iさんのお話しによると、全国はもちろん、牛乳の消費者でもあるはずの地元、中標津の住民にも、意外とその事実が知られていなかったそうです。そこで中標津町では、まず町内の認知をあげることを目標とし、JA中標津、JA計根別、大手乳業メーカー等と、牛乳消費拡大推進委員会を設立し消費拡大キャンペーンを展開しました。北海道は生乳生産量全国第1位であり、道内の学校給食では地元産の良質の牛乳が提供されています。それに反して家計調査平均での消費ランキングでは第29位という状況(参考2)。そもそも北海道での日常生活の中において牛乳を飲用する習慣が特に高い状況にはないことが想定され、消費拡大キャンペーンでは牛乳飲用を習慣づけるために各種イベントで牛乳を配布したりプレゼントキャンペーン等を実施しました。
 結果として地場産牛乳の認知は上がったものの、なかなか消費拡大に結び付けることができない状況が続きました。地産地消による消費拡大をねらう活性化は多くの地域で実施されていますが、住民を巻き込むことが難しく、一過性に終わることも少なくありません。
 そこで、中標津では2014年4月、牛乳の消費を活性化するために会合時には牛乳で乾杯しようと呼びかける「牛乳消費拡大応援条例」が施行されました。町内で開かれる結婚披露宴や歓送迎会、パーティーなどの宴会や会食で、可能な限り牛乳で乾杯するよう協力を求める条例です。
 2006年頃から地域の酪農家で組織する酪農対策協議会が「一杯目は牛乳で乾杯しましょう」という運動をはじめており、その運動が本条例施行のきっかけとなりました。この運動に賛同する町内の飲食店や、地域で日中に開催するイベント、乳業関係団体の会合、結婚式等で一杯目を牛乳で乾杯する習慣が広まり、この行動をより推し進めようと条例化することで、牛乳を飲む習慣を地域全体で奨励し、町の基幹産業である酪農業の活性化を狙ったそうです。
 全国的には京都市が地酒と地域文化の理解を深めようとスタートした乾杯条例。その後、日本酒による乾杯条例は各地に広がりました。日本酒以外でも北海道富良野市ではワインの乾杯条例が、和歌山県田辺市では紀州梅酒、長崎県壱岐市では壱岐焼酎といった地元産のお酒による乾杯条例を各自治体が制定しましたが、ノンアルコールの「牛乳での乾杯」は全国でも初めての試みでした。そのため、当時さまざまなニュースでも大きく取り上げられ、全国的な牛乳消費のPRにも大きく貢献したといえるでしょう。地元のニーズを汲み取り制定された条例には、地域全体でふるさとの活性化を図ろうとする郷土愛が滲み出ています。
 さらに牛乳には、豊富なカルシウムが含まれており、日本人の健康を維持していることでも知られています。「牛乳の消費を推進することは、地域の健康を維持することにもつながるのではないか」とIさんは条例に期待する効果の別の側面も語ってくれました。このように酪農を起点とした地域おこしは、消費拡大やPR的な産業の盛り上げだけでなく、地域住民の健康、地域コミュニティの活性化にも大いに寄与しています。

家族で・学校で・職場でミルク・コミュニケーション

 中標津町で牧場を営むAさんは、7年前、新規就農者として外から移住した一人。現在はJA中標津青年部の理事としても活躍しています。そのAさんは、「会合の際に牛乳を飲むという習慣は、この地域特有の風習となっています。地域の中での生産者と消費者をつなぐ役割を果たしているように思う」と話してくれました。その”つなぐ”エピソードとして、地元に住む方たちから「牛乳が美味しい」と言ってもらう機会が増えたそうです。
 「中標津町で実施された各種のお祭りやイベントでは、主催者である地域の人が自主的に会場で参加者全員に牛乳での乾杯を呼びかけ、実施してくれています。地元の建設業協会からは条例PRポスターと乾杯用紙カップの提供があり、酪農関係者以外でもこの条例の応援をしてくれる人が増えています」(Iさん)。地域の人が積極的に関わり、当初の目的であった地元、中標津酪農への関心も高まってきていると言えるでしょう。実際に、中標津産の牛乳生産量は対前年比で大きく伸びたという報告もIさんの元には上がってきており、牛乳消費拡大応援条例の効果は目に見えて現れています。酪農をきっかけとした地域づくりは、地域のコミュニケーションの活性にもつながり、牛乳という誰もが関わることのできる製品だからこそ、建設業協会等、他の産業からもあらゆる提案が生まれてくると言えるでしょう。

牛乳が主人公の中標津町式/新・ライフスタイルの可能性

 そもそも中標津町は酪農が主要産業の町。飲料としてだけではなく、郷土料理として酪農家のまかない料理とも言える「牛乳豆腐」や「牛乳汁粉」等もあり、この条例によりこれからの郷土料理レシピの開発と新しい食文化の発展にもつながることも想定されます。さらに中標津町のAさんを含めたいくつかの牧場では、町内の小学生の見学も受け入れており、酪農は教育の側面も担っています。こうした酪農従事者の積極的な取り組みと条例による相乗効果で、中標津町における酪農業はさらなる盛り上がりも考えられます。
 老若男女・年齢に関わらず誰もが飲める牛乳だからこそ、場所も時間も選ばず、家庭での集まりや学校、地域のお祭りなど、色々な場所で「牛乳で乾杯」は展開することが可能であり、牛乳消費拡大はもちろん地域住民による参加型・共感型の町づくりにつながるでしょう。
 地場産業を活かした参加型・共感型の町づくりの事例としては、佐賀県唐津市や三重県南伊勢町など、多くの市町村が取り組んでいます。なかでも香川県高松市の石材産業の盛り上げによる町づくりは、ものづくりの地域特性を活かして他地域や企業、産業と積極的にコラボレーションを行うことにより、産業振興だけでなく地域振興とバランスの取れた事業展開が行われており、地域活性のモデル的な取り組みとなっています。
 ただ、こうした地域活性と中標津の活性が違う点は、一過性のイベントや他企業とのコラボレーションで地産地消を拡大していくのではなく、牛乳という日常的に飲用できるものを、住民のライフスタイルにより多く取り込んでもらうことで拡大することを目的としている点です。無理をせず日常的にできることだからこそ、継続性も期待でき、他地域への展開も可能です。冒頭でも紹介したように、中標津町は道内外から多くの人が集まります。こうした外から集まる人に向けても、うまくPRすることにより、地域のみでの消費拡大だけでなく、北海道、ならびに全国での展開も期待できます。地域に酪農産業があることで、地域コミュニケーションが生まれ、地域が盛り上がり一体となる。酪農(牛乳)をきっかけとした活性化のスタイルは新時代の地域活性化のための有効な手段とすることが可能となるのではないでしょうか。

<参考>

【参考1】
独立行政法人家畜改良センター「市区町村別飼養頭数」(ホルスタイン種頭数にて算出)
http://www.nlbc.go.jp/pdf/press/h25/20131031press-honsyo.pdf
【参考2】
都道府県別統計とランキングで見る県民性 [とどラン] ver 1.0
http://todo-ran.com/t/kiji/13556