人気コミックで取り上げられ、にわかに人気沸騰の兆しがうかがわれる酪農ビジネス。コミックから読みとれる人気の秘密は、仕事のダイナミズムと家畜たちとの癒しの生活という異なる魅力の同居にありそうです。ビジネスとしての酪農起業はいかにして実現できるのか、具体的にはどんな魅力があるのか、脱サラで酪農起業を果たした方の経験談から、北海道での酪農起業の道に迫ってみます。

酪農ビジネスモデル

 家畜を育成する農家としては、主に乳牛を育て生乳や乳製品を生産する酪農家と、肉牛、肉豚などを飼育し売買する畜産農家に分類されます。ビジネスモデル的に考えるならば、前者は家畜と言う保有資産が生みだす新たな生産物の売買により一定収入を得るストックビジネスであり、後者は資産である家畜そのものを育て売買することで投資を上回る利益を得ようとするフロービジネスであると言えるでしょう。
 一般論として言えば、一度のチャンスで大きな利益を狙いたいなら「フロービジネス」、安定性を重視するなら「ストックビジネス」というのは、経営の世界では常識の話。牛を育てるこの業界の現実もどうやらそれに近く、脱サラで本州から北海道に移り住んで15年、酪農ビジネスを展開するMさんもこう話しています。「(北海道での生乳生産は)気候に左右されるリスクも少なく、生乳は一定の品質基準を超えれば安定的に買い取ってくれる生産品。肥育による肉牛売買のような取引上の不安定さがない点が、畜産初心者の私には入りやすかったです」。酪農家が生産した生乳は基本的にはタンクローリーで集乳され、乳業メーカーに運ばれます。代金(乳代)は、乳業メーカーから指定生乳生産者団体、単位農協を通じて乳量や乳成分に応じて支払われる仕組みになっています。そのため、年間を通じて定常的に生乳生産をすることで安定的な収入が保障されます。特に北海道では都府県と比べると搾乳量低下の原因となる暑さも少なく、一定の乳量が生産できます。このように、酪農は比較的低リスクで安定性に優れた優良ビジネスなのです。

酪農家への一歩

 そうは言っても今ここで酪農起業を思い立ったとして、真っ先に問題になるのは初心者がどうやって酪農の知識や技術を身につけるのかということ。酪農は当然、何の予備知識や経験もなく始められるものではありません。そこで救いの手を差しのべてくれるのが、町村役場やその地域の農協です。思い立ったらまずは、自分が目星をつけた地域の町村役場や農協に相談してみることです。特に北海道では都府県と比較して、多くの地域で酪農への新規就農窓口が存在しています。
 町村役場や農協では、就農希望者を特定の農家のお手伝いとして紹介する農家研修や、複数の農家を一定サイクルで手伝いにまわるヘルパー研修という制度を用意してくれています。起業前の研修就業期間は最低2年。これによって、「酪農の基本知識はほぼ身につき、同時に地域社会に馴染むことができる」(Mさん)のです。

土地・設備など必要投資を考える

 こうして酪農の知識や基本技術を身につけたらいよいよ起業となります。しかし、酪農と言えば大規模ビジネスのイメージ。そんなに簡単に始められるのかが一番気になるところでしょう。酪農起業には広い土地が必要で、加えて牛舎や機械、なにより相当数の牛の買い入れも必須です。安定性とは裏腹に、投資については若干手が届きにくいように感じるかもしれません。実際、就農1年目から3年目における全国の平均飼育頭数は40~50頭とされています(参考1)。また、北海道では草地型酪農が主流ですので、牧草の生産や放牧に必要な土地(草地)面積の広さは乳牛1頭当たり平均1ha(参考2)。さらに牛舎費用や機械購入費がこれに加わるわけですから、少なくない初期投資が必要と言えます。では、Mさんはどうやって土地や資金手当てをしたのでしょうか。
 「全額自己資金でまかなおうと思ったら大変ですが、町村と農協の後押しもあり、基本はすべてリースで組むことができます。私の場合、土地50ha(東京ドーム約10個分)、牛40頭、牛舎の修理、搾乳機械等の購入、トータル8,000万円ほどでしたが、リース返済は搾乳の事業収入からまかなうことができ、酪農起業を現実のものにできたのです」(Mさん)。
 ここでも地元町村や農協の手厚い支援が強力に就農起業をバックアップしてくれます。
 北海道の各市町村には、新規就農者向けに農用地、農業用施設等リース料半額補助や住宅費補助、税制優遇など、さまざまな支援制度が整っています。(参考3)

仕事の魅力と将来

 こうして、酪農起業はスタートします。酪農生活の基本は、早寝、早起きです。朝は4~5時には起きて餌やり、搾乳、清掃のひと仕事を終えてから朝食。基本的に搾乳は1日 2回なので、夕方に同じ作業を繰り返します。日中は牧草の収穫をしたり、冬場は雪下ろしをすることもありますが、馴れてくれば比較的余裕をもって過ごすことができると言います。観光牧場や牧場レストランを兼営したりということも、意欲次第では可能だそうです。夫婦で酪農起業をしてから10年というMさんも、「多くの人に酪農の魅力を知ってもらう意味から、現在の生乳生産を計画的にすすめ、いずれは何か兼営も手掛けたい」と夢を話してくれました。
 Mさんは、「一生懸命やった分だけ、しっかりと先々も見据えた成果を感じとれるのが酪農ビジネスの醍醐味。日々同じことの繰り返しの中で自分を見失いつつあったサラリーマン時代からは、大きく生まれ変わることができました」と、酪農起業の素晴らしさをイキイキと語ってくれました。
 一見すると、広大な牧草地で日々家畜を飼育するという単調なビジネスをイメージしがちな酪農ですが、実は優良なストックビジネスとして長期的な展望に立ったマネジメント力が如何なく発揮できる場でもあるのです。
 本業とは別にもう1つの事業を営む兼営といった事業展開が可能であるのも、安定収入が得られやすいストックビジネスならではのメリットと言えます。さらに、安定収益が得られるビジネスには長期的な事業計画が立てやすいという利点もあります。一般的な組織の経営では長期的な事業計画を立てる際、企業の目標とされる「ビジョン」と、いかにしてその目標に到達するかを示す「ロードマップ」が重要となってきます。ストックビジネスはこうしたビジョンに向けて、ロードマップが描きやすく、目標の実現がしやすいビジネスと言えるでしょう。これは酪農も同様であり、事業主が将来的にどういった経営を目指し、どの程度の収益を得たいかなど、具体的なビジョンやそこに至るまでの日々の生産量、飼育数といったロードマップさえしっかり描けるなら事業領域の拡大や多角化も視野に入れやすくなります。Mさんが話すように兼業することも、法人化に向けて事業を拡大することも努力によって可能です。事業主の経営マインド次第で大きく夢が広がるビジネスである酪農は、日々に埋没しがちなサラリーマンにとっても、希望のあるネクスト・ステージになり得ると言えるでしょう。

<参考>

【参考1】
新規就農者の就農実態に関する調査結果 p.134(就農1年目平均)
http://www.nca.or.jp/Be-farmer/statistics/pdf/UjO3S2ATQwpUwNM5JkB201502051419.pdf
【参考2】
酪農全国基礎調査結果報告書 p.56(北海道経営耕地面積平均)
http://www.dairy.co.jp/dairydata/kulbvq0000006r3l-att/kulbvq0000006rq5.pdf
【参考3】
北海道 就業、就農、起業支援
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/ckk/sichouson_work.pdf