家族で貴重な自然体験ができるということで、今、オートキャンプは第3次ブームを迎えています。全国で営業しているキャンプ場の数は3000とも4000とも言われており、その人気の高さを裏付けます。
 一般的にキャンプというと自然の中でのびのびと遊ぶイメージが先行しますが、昨今は教育的な意味合いからもその価値が再評価されています。野外で生活をしてみればわかることですが、自然の中ではそれぞれの行動はすべて自己責任。日常とはかけ離れた不便な環境に身を置くことで生まれる創意工夫、仲間と協力する協調性、環境に対しての配慮など、さまざまな心の成長を期待できるのです。最近ではこうした体験は子ども達ばかりではなく、大人にも有効であるとして、多くの企業が研修の一環としてキャンプを取り入れています。

各所での酪農体験の取り組み

 さて、こうしたキャンプ場で現在人気を集めているのが体験型のアクティビティです。畑で野菜を収穫したり、無農薬でつくった米を昔ながらの方法で刈り取ったり、炭焼きや、ソーセージづくり、陶芸に挑戦するなど、地域の食文化や産業に触れることで、その本質について理解を深めることが大きな目的です。
 全国に約250店舗を有する大手生活雑貨メーカー(本社東京)が展開する、3つのキャンプ場でも、年間に1000回以上こうした体験教室を実施。同社のホームページには「地元の農産物や特産品などの生産工程を知ることで、日常にあふれかえっている物への考えを見つめ直すことができます」「本来の日常生活や食生活を見直すきっかけになります。また子供たちへの「食育」としても効果的なプログラムです」と記載されており、この体験教室の中で酪農体験も人気の教室としてラインナップされています。北海道では、全道各地にキャンプ場での酪農体験を定期的なコンテンツとし、人気を呼んでいるキャンプ場があります。
 これらキャンプ場での酪農体験の場合は、近隣の牧場から生産者を呼ぶかあるいは牧場に出かけて体験する仕組みとなっています。他の農作業と違い、ある一定の設備が整えば、体験する場所を選ばないというのが酪農ならではといえるでしょう。プログラムは主に動物にふれあうことと、酪農作業を体験することの2つがメイン。前者は比較的低年齢から参加できるものとして人気があり、後者は、搾乳や牛舎の手入れ、ときには分娩などを間近に体験することで、大人にも、より酪農を理解してもらうきっかけとなっているようです。
 酪農体験の取り組みとして、「酪農教育ファーム」という仕組みがあります。一般社団法人中央酪農会議の提唱により設立された、酪農教育ファーム推進委員会による認証制度で、認証を受けた牧場では、酪農体験をしながら酪農や農業、自然環境、自然との共存関係を学ぶことができます。これは地域や学校と連携しながら、子どもたちの「心の教育」や「いのちの教育」「食の教育」を主な目的とするものです。
 ここでのプログラムの一例としては、まず牛の生態や飼育の仕方から牛乳が生産されるまでを牧場スタッフが説明。その後、牧場ガイドツアーへ出発します。参加者が牧場内に飼育される牛に触れ合ったあと、搾乳を体験。スタッフから教えてもらいながら実際に生乳を搾ります。あたたかくてやわらかい牛のぬくもりに触れ、真っ白な生乳が出てくる光景を目の当たりにした参加者たちは瞳を大きく輝かせ、初めての体験を心に刻み込むのです。プログラム自体は子ども向けのものもありますが、実際は一緒に参加する親も楽しめるコンテンツとなっています。

体験をすることの重要性

 このような農村における体験型アクティビティは、アグリツーリズムあるいはグリーン・ツーリズムと呼ばれ、1992年より農林水産省により提唱されています。導入の背景は効率型農業や、作物の規格化・量産化に伴って都市部に暮らす人たちの自然との関わりが希薄になったことにあります。この流れをいち早く捉えたヨーロッパで発祥して根付き、その後、日本に伝わりました。日本では農林水産省が「農山漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動」と定義しています。しかし実際にはヨーロッパのように長期バカンスがとれる環境にない我が国では本当の意味でのアグリツーリズムは定着していないとも言われています。また、それは参加者側だけの問題点ではなく、ツアーを提供する農家側も、体験者の受け入れに対して心理的また経済的にハードルが高く障壁になっているようです。
 ただその中で、前述したキャンプ場でのアクティビティは、農家が主催するのではなく、キャンプ場の施設に、体験をオプションとして付け加えたものになるため、農家側にとって比較的手軽に実施を検討できるものといえるのではないでしょうか。さらに、体験者にとっても、キャンプというメインにプラスアルファする体験となることで、気軽に酪農体験をすることができるでしょう。

酪農体験で得られるもの

 独立行政法人国立青少年教育振興機構の「『青少年の自然体験活動等における実態調査』報告書平成22年度調査」(参考1)によると「自然体験や生活体験が豊富な青少年ほど、自己肯定感が高い傾向にある。」「自然体験が豊富な小中学生(小 4、小 6、中 2)ほど、道徳観・正義感が高い傾向にある。」と報告されており、青少年への自然体験活動の推進が必要である、という興味深い結果が報告されています。ここで示す自然体験とは、まさにキャンプや山登りといったアウトドアでのアクティビティを指し、そうした体験が子どもの成長においてプラスになっていることがわかります。
 また、昨年まで北海道のトムラウシに暮らしていた小説家の宮下奈都さんと、以前、地域教育について討論するテレビ番組に共演した際にこんな話を聞きました。
 「地区のみんなで宴会のあと、国民宿舎で温泉に入ったの。そこで、うちの男子中学生の息子ふたりは、牧場で働く人の身体のたくましさを目の当たりにしてびっくりしたって。長男はわりと大きいほうだし、筋トレなんかもしてたつもりだったんだけど、身体つきそのものがぜんぜん違ったらしいよ。たしかに、牧場の人たちって、つなぎを着ていても腕も胸もパンパンだもの」。子どもにとっては、酪農家の人たちに触れ合うだけでも、その仕事が生乳を搾るだけではなく、体力が必要であり、こうした酪農家の人たちによって普段飲む牛乳が作られているといった酪農業の営みを理解することができる可能性があります。高度に分業化が進み流通が発達した現代において非常に意義のあることなのです。酪農文化の本質とも言うべきものは、流通が発達した現代において、一般の消費者にはほとんど見えなくなってきています。
 こうした自然体験と、酪農家の方たちとの触れ合いを含めた酪農文化の体験を組み合わせることで、道徳観や自己肯定感を高めると同時に、それを取り巻く自然の厳しさや酪農家の営みなどを学ばせてくれることでしょう。

アウトドアで酪農を体験することの可能性

 前述した通り、アウトドアでの農業体験は、グリーン・ツーリズムの推進となるだけでなく、食育という要素も強いと言えます。一度、酪農文化を体感した子供たちは、日常に戻ってからも牛乳・乳製品を口にしたときにその風景や手触りを鮮明に思い出すに違いありません。製品としての価値に加え、それが生み出される酪農文化が付加されたことにより、それはもはや味覚を超越した五感すべてを刺激するものとして昇華します。こうして、酪農文化の体験観光は、単にその場で終わるものではなく、そのときに心に撒かれた種が萌芽し成長することで、以降も長く存在していくものと考えます。人間が生きていくこと、生命の連鎖、そして食を見つめる重要な機会となることは自明ですが、さらに重要なのはそれを頭で考えずとも、五感で感じて理解する場となり得るということでしょう。
 キャンプ場での酪農体験は、子どもだけでなく、大人にも酪農を学んでもらうきっかけとなり、より広く多くの人へ酪農産業を理解してもらうことに繋がるのではないでしょうか。

<参考>

【参考1】
「青少年の体験活動等と自立に関する実態調査」平成22年度調査報告書〔概要〕
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo5/008/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2012/04/16/1319025_06.pdf