本当に好きなことで起業するのが成功への近道。多くの起業家を見てきた中で、感じることです。自分の好きなことで独立すれば、仕事にもこだわりが生まれ、創意工夫を繰り返すことができ、その結果、成功する確率もぐんと上がるのです。
 今回インタビューさせていただいた酪農家のFさんも、自分が大好きなことで起業をした一人。Fさんは、もともと動物が大好きで、動物関連の仕事をしていました。そんな中、「牧場ののびのびとした雰囲気の中、好きな動物をより身近で扱う仕事をしたい」という思いから、酪農家としての起業を決意したそうです。

起業にあたって最も重要なのは「情報収集」

 どんな業種であれ、起業するにあたって最も大切なのは事前の情報収集です。現在、収集場所として一番多く利用されるのは、インターネットになります。ただ、そこでは正確性や鮮度が問題となり、正しい情報収集ができない人たちがいます。多くの場合、それは自分で見る目を養い、気をつけて収集することでしか回避する方法はありません。
 酪農業界の場合、都市部で開催される新規就農希望者向けのフェアが、酪農家として起業するための最も有効な情報収集手段となります。こうしたフェアは全国農業協同組合連合会(JA全農)や公的団体が主催しているものが多く、インターネットで溢れる情報より、ぐっと正確で鮮度の高い情報を収集することが可能です。
 実際、Fさんの場合も、こうしたフェアを活用して、起業に向けての情報収集を行ったそうです。このように、新規就農者に対する情報提供の場が設けられていることは、酪農未経験者にとって非常に心強いサポートとなります。インターネットなどの文字情報だけでなく、現場の生の声を聴けることも起業に向けての後押しをしてくれるといえるでしょう。

成功の秘訣は起業前準備

 いざ起業を決意してから実際に起業するまでの準備も、成功のための重要なエッセンスです。上記の情報収集以外に重要な起業前準備として、知識を深めること、スキルを高めること、人脈をつくること、そして独立資金を準備することが大切になります。
 特に、それまでのキャリアとは異なる事業での起業にあたっては、スキルや知識、人脈をつくることに関して、多くの起業家がほかの事業者のもとで修業を行います。例えば、サラリーマンがカレー屋を始めようとする場合、自分が開きたい店のモデルとなるような店舗に自分から志願して3年程度働かせてもらい、カレー屋の経営を学びます。また、様々な金融機関から創業融資を受けるときも、その業界での経験が必要となってきます。
 酪農起業においては、北海道各地のJA等が実施する独立前に実習先を手配してくれるシステムが、起業に向けて知識を深め、スキルを高める場として最適と言えます。酪農未経験者にとって、酪農の仕事を体験できる場は限られています。そうした貴重な経験を積むことができる現場実習は、他の業界にはない大変ありがたいシステムだといえるでしょう。
 また、独立資金を準備する点で、新規就農者向けのリースや借入金、補助金といった資金面での支援が手厚いのも魅力の一つです。同じ個人事業主としての起業を考えると、例えば飲食店を開業する場合では店舗内装や調理設備、什器類などで多くの初期投資が必要です。初期投資額が1,500万円であれば、まずは500万円を自己資金で貯めて1,000万円は各金融機関等からの創業融資でまかなうといったかたちになります。さらに、不足する自己資金は親族や知人にまかなってもらったり、自己のビジネスを応援してくれる投資家に資金を出してもらったりするなどのケースがあります。しかしこうした資金調達はそもそも出し手がいるとは限らず、またいたとしても金額として、それほど多くは望めません。
 初期投資が大きなビジネスでは、こういった資金調達が一つの壁となります。営農費、生活費合わせ約4,000万円かかる(参考1)と言われる酪農での新規就農ですが、北海道の各自治体やJA等は助成金や融資制度を多く設けており、就農者の初期投資をある程度まかなうことが可能です。こうしたサポートのおかげで、他のビジネスに比べて資金面での参入障壁は低いといえます。各地のJAでは事業計画書の作成の仕方も丁寧に教えてくれるところもあるそうです。特に北海道では、離農跡地を優先的に新規就農者に割り当てる制度や、後継者のいない農場を紹介する等、新規就農に最適な土地を獲得するまでの支援も非常に充実しています。

酪農業界の特長を味方に

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 もうひとつ、上述した人脈について酪農家として起業する上で心強いのがコミュニティ性の強いビジネスであるということでしょう。酪農業はどの事業者も同じ「乳牛から生乳を生産する」という方向性がはっきりしているため、共同経営にも向いています。近年、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)をきっかけに転職・起業する人が増加傾向にありますが、このトレンドは酪農業界にも浸透していくかもしれません。SNSに慣れ親しんだ若者を中心に酪農家として起業したい人たちが共同で農場を経営するといった形態も大いに考えられます。
 また、地域のコミュニティと主体的に関わっていけるのも酪農の大きな魅力です。Fさんの地域では、毎年、酪農家がお祭りを主催し、地域社会とのつながりを深めているそうです。そこでは酪農家としての経験年数は関係なく、新規就農者も地域の一員となります。このおかげで就農して1年目のFさんも十分にコミュニティに溶け込めているとのこと。インターネット等を利用した起業とは違い「人と人とのつながり」が濃いのも地域に根ざした経営である酪農業ならではといえます。
 酪農だけでなく、ビジネス全般にいえることですが、地域コミュニティとの関わりを強くすることで、地元のファンを作り出し、仕事のやりがいにつながるだけでなく、地域にある事業者間の結びつきが強くなることで、新たなビジネスを生み出すきっかけにもなります。
 北海道では、主要産業が酪農という地域も多く、酪農家が地域と関わる行事や場所も多いといえるでしょう。こういった業界、さらには北海道という地域の特長が、酪農家として起業する際の強い味方となり、さらなるビジネスチャンスにもつながるかもしれません。

スピードと家族理解が成功のカギ

 以上で見てきたように、他業界での起業よりも支援が整っているといえる酪農業界ですが、「食」を通して人々の生活を支えるという重要な仕事であり、一生かけて取り組めるやりがいのある仕事と言えます。
 少しでも酪農家としての生き方に興味があれば、ぜひ、新規就農希望者向けのフェアに参加したり、農場を見学するなどして、まずはしっかりと情報を集めてみてください。酪農とは何かということを現場の声を通して知ることができるはずです。それと同時に家族の理解、協力を得ることも必要と言えます。どんな分野での起業であれ、起業後にはお金や時間のことで家族にも影響が出ます。酪農経営は特に、上述したように地域の人とのコミュニケーションも重要とされます。そのなかでどう協力してもらえるのか等、あらかじめ相談をしておきましょう。そうした行動を通じ、「酪農家として起業したい」という思いがさらに強まったならば、すぐに行動に移すことをおすすめします。起業はスピードが命ですが、それは酪農でも同じことです。まずは、覚悟を決めたら起業・独立する目標時期をしっかりと決めましょう。それを決められず結局いつまで経っても起業できない、というケースを私も多く見てきています。特に酪農の場合は実習などがあり、独立までにある程度の時間が必要です。思い立ったが吉日。これを機に、情報収集をはじめてみましょう。

<参考>

【参考1】
新規就農相談ハンドブック2013年度版
http://www.nca.or.jp/Be-farmer/leafret/pdf/handbook2013.pdf