新規就農者と地元住民との交流がコミュニティの元気につながる

 全国的に、一次産業を支える人材をめぐって新しいムーブメントが登場しています。定年になって都会での生活をやめて、地方に移住し農業を始める定年帰農希望者、国内外での農業体験を通じて農業を目指すようになり、地方で農業を始めるカップル、農業体験や農家レポート等のTV番組で農業関連の情報を収集する若者たちといった多様な世代からの就農希望者が増えてきています。
 これに相まり、各地で新規就農者と地域住民が交流することでの地域活性事例が報告されてきています。例えば山形県では「地域の担い手は地域で育てる」を基本に、地域の農業者が中心となり、各自治体・JA・その他関係機関が一体となって、市町村毎に新規就農者の受入れ協議会(参考1)を設立しています。新規就農希望者の募集、農業研修、土地や住宅確保、定着後のサポートまでを地域住民が一貫して支援していく新たな取り組みで、地域の農業者と新規就農者が交流をすることで、就農がスムーズに進み、新たな盛り上がりが生まれると期待されています。では酪農産業ではどうなのでしょうか。酪農への新規就農者を多く受け入れる北海道浜中町を事例に新規就農者の地域活性への貢献を考えていきたいと思います。

未来への可能性を持ち続ける酪農への試み

 北海道の東部に位置し、酪農の町として知られている浜中町。夏でも気温25度を越える日はほとんどない爽やかな気候の地。国道沿いの高台にある展望台からは、美しく広がる牧場風景、そして秋から冬にかけては遠くに知床連山が姿を現します。なだらかに続く緑のスロープでは牛の群れが草をはみ、北海道ならではの姿を観ることができます。浜中町では将来においてもこの酪農産業やそれが創りだす景観を維持・発展させるために、クリーンエネルギーを利用した酪農促進、酪農家の労働軽減対策といったサステナビリティ(持続可能性)への取り組みも強化しています。この取り組みの一つとして、1983年から次代を担う就農者の育成・確保を図るため、様々な新規就農施策を展開しています。その中心的な役割を果たしているのが1991年にJA浜中町が建設した、浜中町就農者研修牧場です。
 就農者研修牧場は「酪農の経験がなくても、やる気のある人ならどんどん育てていこう」「JAのノウハウを結集したモデル牧場をつくろう」という考えのもと、開設されました。町とJAがタッグを組んで新規就農希望者を育成する、全国的にも珍しいトレーニング牧場です。実作業を中心としたカリキュラムで行われる酪農研修は、未経験者も歓迎され、約3年間の実践研修を経て独立牧場の経営を目標にして実施されています。浜中町では、この独自の取り組みと参入を希望する人の努力の積み重ねによって、新規就農者が町内酪農家の約2割を占めるようになりました。
 2013年までに、浜中町で研修を終えて就農したのは36組の夫婦。大学の畜産科を卒業後、北海道農業担い手育成センター主催の就農・体験セミナーに参加し浜中町就農者研修牧場を知った研修牧場卒業生のWさん。この就農・体験セミナーで実際の研修生の話を聞いて、浜中町での研修を決断したとのこと。研修中は地域の酪農家に手伝いに行ったり、生産方法を教えてもらったり、研修を通して地域住民との交流する機会があったそうです。「研修牧場は、研修施設ではなく、1つの生産団体として運営しています。そのため、地域が主催するお花見など、地元の人が参加する各種イベントに出てもらう機会も多いはずです」と研修牧場の運営を手掛けるJA浜中町のIさん。研修生はイベントだけでなく、生産活動のなかで地元の酪農家の手伝いをすることも多く、研修中から地元との交流の地盤が築かれ、独立後は地域コミュニティに早い段階で溶け込むことができます。現在、浜中町では全地区において新規就農者が定着し、既存農家とともに地域を盛り上げています。

新規就農者と地元住民の交流で創られる活性化

 では、新規就農者はどのように地域の活性に貢献しているのでしょうか。新規就農者にとって地元コミュニティは酪農業以外の仕事の体験や特技、趣味を活用し、仲間を探すことができる場でもあります。ただ、地域によっては趣味や文化的なことをやろうとしても、教えられる人が少ないという事もあるでしょう。インターネット、茶道・花道、パンづくり、楽器演奏、英会話など、一定レベルの実力があるなら、新規就農者自身が地域活動の活性化を図るのも可能ではないでしょうか。先述のWさんも、今後酪農だけではなく、自分の趣味や家族、地域との交流にも時間を持ちたいと考えているそうです。自分で働く時間をある程度コントロールし、そういった時間を生み出せるのも酪農家という職業ならではといえます。
 実際に浜中町では、音楽イベント等、各種イベントを新規就農者が主体となって開催しているそうです。さらに、新規就農者の奥さんたちが自分たちの趣味を活かし、地域の廃校を利用したハンドメイドバザーも実施しているとのこと。そこには、地域住民ももちろん参加しています。まさに、趣味が地域活性につながっている好例といえるでしょう。その土地で酪農に関わりながら一緒に暮らすという仲間意識が交流を広げ、新規就農者が中心となった新しいコミュニティができる事で、地域を巻き込んだ新しい活性化のバネになっています。
 また、その魅力を自ら外へ発信し、外部から人を呼ぶことにも貢献しています。JA浜中町では、移住を検討している人には、実際に移住した新規就農者に話を聞く機会を必ず設けているとのこと。現場で活躍する新規就農者のリアルな話をしっかりと聞いた上で、移住を決断する人はその後も地域で活躍する人が多いそう。「これからの酪農をもっと多くの人を惹き付ける魅力的な職業にしたい」と話すWさんのような新規就農者は多く、こういったアグレッシブな酪農家が地域活性を牽引することで、新しい移住者を呼ぶ手立てとなっています。
 特に新規就農者は若い子育て世代が多いこともあり、これからの酪農を担っていくことになります。浜中町では、この30年間で新規就農した34 戸の家族が100人をはるかに超え、酪農家の半数以上が新規就農者という地域もあるとのこと(参考2)。今後、より一層新規就農者が地域の酪農を牽引し発展させてくことが予想されます。

酪農の牽引役を担う新規就農者たち

 こうした浜中町の事例は、新規就農者定住後の地域活性化への貢献のケースとして、冒頭で述べた山形の事例以上に好例といえます。これは地域に入り込んでの研修期間が長いという酪農産業の特性をうまく活かしているからと言えるのではないでしょうか。
 酪農は1人ではできません。どんな地域でも酪農家として独立するためには、後継者として引き継ぐ場合も含め、先輩酪農家やJAに学ぶなど、一定の研修期間が必要とされます。
 「町で新規就農者が地域に馴染むために直接行っていることは、最初の挨拶まわりだけ」(Iさん)というように、町とJAがタッグを組んで作り上げた約3年間という長期実践研修自体が酪農産業を学ぶと同時に地域との交流・コミュニティ形成の支援となっているのです。長期実践研修での生産活動を通して必然的にさまざまな人と関わることが必要とされ、自然に地域交流が生まれる酪農の研修スタイルならではといえるでしょう。
 北海道では近年、酪農への新規就農者数は毎年150名~200名ほどで推移しています(参考3)。今後、酪農の魅力がより理解されることで、新規就農希望者は増えていくことも考えられます。増えてくれば、これまで述べてきたように、自分の努力次第で時間に融通が効きやすい働き方や新規就農まで地域での長期研修が必要という産業特性により、新規就農をきっかけとした地域活性化は各地で一層活発になっていくでしょう。そのポテンシャルを酪農産業は持っているのです。

<参考>

【参考1】
月刊 地域づくり(一般財団法人地域活性化センター) 「新規就農者、年間300人」を目標に
http://www.chiiki-dukuri-hyakka.or.jp/book/monthly/1410/html/f03.htm
【参考2】
月刊 地域づくり(一般財団法人地域活性化センター) 担い手育成30年、就農者が「酪農王国」牽引へ
http://www.chiiki-dukuri-hyakka.or.jp/book/monthly/1410/html/f01.htm
【参考3】
酪農における新規就農者の推移(北海道庁調べ)
http://d-helper.lin.gr.jp/newfarmer/PDF/H25case3.pdf