北海道は日本における生乳生産第一位ですが、今回は世界における第一位のニュージーランドの事例を通じて、北海道酪農の可能性を探ってみようと思います。
 ニュージーランドはオセアニアにある、北海道の3倍ほどの大きさの島国です。人口は450万人ほどで世界屈指の酪農王国として知られています。小さな島国でありながら、乳製品の輸出は世界一位の規模であり、世界の乳製品輸出量の約3割(参考1)を占めています。
 このように酪農が盛んなのは、温暖な気候と適度な降雨量、人口が少ないため国内で生産される乳製品のおよそ9割を輸出にまわせる、といった理由があります。昨今では世界的な乳製品の需要増から羊などの畜産から酪農へ転換する農家も増えてきており、現在660万頭もの乳牛(参考2)が国内で飼育されています。北海道の飼育頭数、約81万頭からすると8倍の数になります。前述した気候と広大な土地を利用した放牧酪農が主体なため、安く生産できるのもニュージーランドの酪農の強みでもあります。ただここ数年はその農家数の増加に伴い、景観の変化や水質汚染といった問題もでてきており、それに対して様々な施策がとられています。
 日本でもグリーン・ツーリズムの推進から各地で農村景観づくりが各地で取り組まれており、北海道では、個別農家単位で早くから欧米に学び、酪農景観づくりにチカラを入れているところがあります。酪農を産業のメインとしている自治体に関しては、町全体での酪農景観づくりに取り組み始めている地域もあります。

北海道・ニュージーランドにおける景観への取り組み

 具体的に、北海道十勝の酪農家の中では、酪農景観づくりが広がりを見せています。牧場のまわりに花壇を作るなどの取り組みを行っており、北海道の酪農大国、十勝の「美しい牧場」作りに力を入れる酪農家が増えています。欧米の牧場を実際に訪れ、ヨーロッパの景観イメージをベースに牧場を少しずつリニューアルすることによって、今では全国から多くの人々が訪れるようになっている農家も多いとのこと。ただ、地域全体の取り組みは少なく、現在は個別農家の取り組みになっているところが多いのも現状です。
 これに対して、ニュージーランドの似た取り組みに、グリーニング・ワイパラ・プロジェクトという興味深い取り組みがあります。この取り組みが行われているワイパラは、ワイン産地として有名な地域で、南島の中心都市クライストチャーチから車で30分ほどの場所にあります。ここでは、ニュージーランド固有の植物や花を植えて景観を良くする取り組みが、牧場をはじめ、ワイン畑や小学校、コミュニティサイト、駅周辺などで行われています。牧場も街の一部として、街全体の景観をつくる一員となっています。また、環境保全や保護教育を行ったり、地域をあげて取り組むことで、自然と地元の人が景観を大事にする意識改革にも繋がり、ファームステイやアクティビティも生まれ、観光客が来て郊外のエリアも賑わうと同時に、美しい景観に地元の人たちが愛着を感じる相乗効果が生まれています。
 国全体としてクリーンなイメージをブランディングしているニュージーランドだからこその取り組みであり、こうした地域全体での景観づくりには多くの事例があります。北海道各地でも、街全体として酪農景観をつくる取り組みは行われていますが、酪農景観と町中の景観を統一するような事例は少ないそうです。
 ただ、そんな事例の1つとして、オホーツク地方では、オホーツク・テロワールと呼ばれる取り組みが行われています。テロワールとは風土性という意味で、この取り組みは美味しいワインを飲むとその味わいと同時に産地の景観が目に浮かび、行ったことの無い場所であれば訪れてみたくなる、そういった地域ブランドを作っていこうという試みです。農業・漁業・林業などが一体となり地域振興を行うことで、同時に町の景観も守っていくことができます。その土地を大事にすることで、その景観や生産しているものに誇りを持ち、北海道の雄大な景観が目に浮かぶような美味しいチーズなどの加工品を作る。その結果、経済も活性化させていこうという動きとして、6年前から行われています。
 その土地の景観や価値観を変えることは、各農家が個別に努力してもなかなか難しい問題ですが、オホーツク・テロワールのように同じエリアの農業者、漁業者、商工観光業者や住民が、自然、環境、産物、風土、文化などの地域資源を見つめなおし、それらを生かした産業、観光等の地域づくりを推進することが、地域コミュニティの創出と地域活性化にも繋がっていきます。
 ここではもちろん酪農家も農業者の中心となり活動をしています。本取り組みのメイン事業は、すべての関係者が集うシンポジウムで、あらゆる農商工の関係者が参加し、今後のオホーツクに関して議論、発表をし、オホーツク全体の地域、景観づくりを検討しています。また、酪農家、大学教授、自治体、JA、企業が一同に会し、「地域で持続する酪農のあり方」に4時間以上を費やして議論し、そこで得たものを各自が活かすことに積極的に取り組んでいます。
 もう一つ、ニュージーランドの酪農家と団体が取り組む事例を紹介しましょう。ニュージーランド最高峰のアオラキ・マウントクックや美しい湖と星空で有名なテカポ湖のあるマッケンジー地方の取り組みです。延々と牧草風景の広がるマッケンジー地方は、もともと羊などの畜産農家の多かった地域ですが、近年、より収入の高い酪農家へ転換する農家も増えてきています。その一方で、この地域はニュージーランド屈指の観光地でもあるのです。そのため観光業に携わる人も多く、観光と酪農・畜産というのは決して切ることのできない密接な関わりがあります。
 この地域での取り組みに、マッケンジーカントリー・アグリーメントというものがあります。これは、町の畜産農家、新しい酪農家、環境団体が一丸となり、この地域の美しい景観や希少な植物、動物を保護しようという取り決めを作り、それによって牧場を持つ農家は環境、景観保護のための助成金を一部受け取ることを可能にしたものです。その結果、地域全体の景観を壊さずに畜産、酪農を運営していけるような動きが始まっています。

今後の北海道酪農景観の可能性

 このように酪農が国を上げての産業となっており、「100パーセントピュア」というクリーンでグリーンなイメージを国のブランディングとしているニュージーランドでは、酪農景観に対しての意識は非常に高く、国、自治体、企業、個別酪農家、住民と町を上げての取り組みも進んでいます。前述した事例のとおり、北海道でも酪農景観づくりは力を入れるところが増えており、近年は北海道からニュージーランドへの視察者も増えているそうです。
 自然の多さや気候、産業規模等、基盤が異なるところも多々あり、技術を取り入れるのは難しい部分も多いかと思いますが、ニュージーランド酪農の景観や環境を大切にする考え方や、環境に関係するボランティア精神、そして景観・環境に対する教育、地域や住民の巻き込み方など参考にできるところも多いのではないでしょうか。
 北海道ではこういった取り組みは 徐々に始まっているものの、個別農家の活動でとどまっているところもあり、本業とは反れた活動としてなかなか実を結んでいないのも現状です。オホーツク・テロワールやマッケンジーカントリー・アグリーメントのように、その土地全体で景観や環境を整え、ツーリズムも活性化させていくことができれば、北海道の酪農産業がさらに高い付加価値を生む可能性を秘めています。そのためには、こうした景観における先行事例を酪農家だけでなく、それぞれが一体となって、景観を整え、環境保全を図る取り組みが行われ、全体的な付加価値をつけていくことができるのではないでしょうか。

<参考>

【参考1】
ニュージーランドの酪農・乳業の構造改革
http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/nri1003re4.pdf
【参考2】
NZ's dairy cattle population hits 6.6 million
http://www.stuff.co.nz/business/farming/dairy/9522856/NZs-dairy-cattle-population-hits-6-6-million