広大な丘陵地帯に広がる緑の牧草地。のんびり草を食む牛の姿は北海道らしく、心洗われる風景といえましょう。日本国内はもとより、近年はアジア諸国を始め、国外からの旅行者にも人気の高い北海道。このような酪農風景を観光資源として活かす試みは当然の帰結といえ、実際に北海道ではそういったアプローチがなされています。私が住むカナダも諸外国からの訪問者が毎年1600万人以上にのぼり、酪農を始めとする農業と並び、観光業は主要産業のひとつとなっています。こうした似た側面を持つ二つの土地を、酪農の風景ならびに産業を観光資源としてどういった活用ができるのか、カナダの事例をご紹介しながら、北海道の今後のアプローチについて考察してみましょう。

歩いて・サイクリングで楽しむ牧場景観

 カナダでは酪農に限らず、羊や肉牛の牧場含め景観そのものを楽しむことは観光資源のひとつとして、重要な要素です。北海道では、中標津から牧場景観の美しい北根室の丘陵地帯を通り、摩周湖外輪山の周囲を抜けて弟子屈へと至る、道東の美しい酪農景観を楽しめる全長71.4kmのトレイル「北根室ランチウェイ」がその代表格です。その土地の良さ、景観の素晴らしさを歩きながら知ってもらうというアプローチで観光資源化を図っています。
 欧米諸国では歩くということに対する意識が高く、歩くために必要なトレイルというインフラ作りに積極的です。カナダも例外ではなく、数多くのトレイルが作られていますが、その中で特筆すべきものがトランス・カナダ・トレイル。このトレイルは大西洋、太平洋、そして北極海と、3つの海を結んで、カナダ全土を横断そして縦断するという壮大なトレイルです。カナダは日本の27倍の面積を有しますが、人口は3600万人と密度が低いので、このトレイルの大半は人里離れた場所を行くことなり、特にカナダ内陸地方は牧場や畑しかないので、おのずと牧場や農場の景観を楽しむトレイルになっているわけです。大平原の中をひたすら直進するようなルートもたくさんあり、まさにカナダの大自然を楽しむために作られたトレイルです。
 このトレイルはカナダの一部の地域だけのものではなく、国全体で大きなムーブメントになっており、当然、注目度も異なります。日本全体とは言いませんが、仮に北海道でも道内すべてを結ぶトレイルがあれば、どうでしょうか。北海道各地にある酪農景観を中心に、その周辺の自然や様々な地域の風土を感じながら、歩くことを楽しめる魅力的なトレイルになる可能性を秘めています。
 さらに自転車ツーリングにおいても景観を活かした事例として、日本では「しまなみ海道」の成功例があります。広島県尾道市と愛媛県今治市との間を6本の橋で結ぶ全長80kmの瀬戸内海横断自転車道で日本のみならず、海外からの観光客からも大きな注目を集めています。自転車ツーリングはドイツを始め、欧米では人気が高く、カナダでもカナディアンロッキーの山越えを始め、牧草地の脇を通るコースなど、国外からもたくさんのサイクリストが訪れます。国土交通省でも「大規模自転車道の整備」が重要施策に掲げられており、オホーツクや石狩川など既に10コースが開通済みです。また、北海道猿払村には牧場景観を楽しめるサイクリングロードが既にあります。近くにサイクリングターミナルもあり、レンタサイクルを借りて牧場を走ることが可能です。付近には展望台もあり、酪農景観を眺めるビュースポットにもなっています。こうした既存の観光地ならびにインフラと連携することで、訪日観光客にとっても北海道の酪農景観がより魅力的な観光資源となる可能性を感じずにはいられません。

牧場に泊まる価値

 カナダでは牧場風景を見る以外にも牧場とそれがつくる景観・環境は観光と切っても切り離せないほど重要な役割を果たしています。牧場にステイし、楽しむゲストランチはその代表格です。
 ゲストランチとは牧場をベースにした宿泊施設で、カナダやアメリカでは数多く見られ、旅行者の宿泊施設の選択肢のひとつとして、高い人気を誇っています。ゲストランチでは旅行者が手軽に牧場の風景や環境といった雰囲気を楽しむことができることはもちろん、牧場は大自然のど真ん中に位置していることがほとんどなので、周囲を散策したり、乗馬で牧場の外へ繰り出したり、場所によってはフィッシングを楽しめるなど、アウトドアのベースとして、牧場風景ならびに大自然を満喫するにはこれ以上ない環境に恵まれた施設といえます。大規模なゲストランチになると、ホテルと呼んでも差し支えないほど立派な設備を持ち、地元の食材を使った郷土料理を振舞うなど、レベルの高いホスピタリティを提供してくれます。
 日本でもグリーン・ツーリズムの推進、農家民宿関係の法の規制緩和から大小問わず、ファームインと呼ばれる農場が経営する宿が北海道を中心に増えています。牧場に宿泊をしながら、その雰囲気を味わい、酪農作業の体験ができ、広大な酪農風景は勿論、周囲の観光やアウトドアを楽しめます。そのコンセプトはゲストランチと通ずるものがあります。
 つまり、ファームインはもともと文化としてある、欧米人、特にアメリカ人やカナダ人、オーストラリア人などに受け入れやすい観光施設と言えるでしょう。言葉の障壁はありますが、海の向こう側に、潜在的な市場があるといっても過言ではありません。昨今、北海道では雪を求めて外国人観光客がロングバケーションを利用して長期滞在するケースが増えています。そうした海外からの観光客の受け皿として北海道の酪農が織り成す広大な景観と観光要素を持ち備えたファームインは今後ますます人気となるのではないでしょうか。

北海道が持つ、酪農景観の魅力を世界中に

 牧場景観について、風景を鑑賞することを楽しむトレイルとその作られた環境や雰囲気を楽しむゲストランチ・ファームステイという2つの事例について、カナダと北海道の取り組みをそれぞれに紹介しました。このカナダの取り組みが示すことは、北海道の酪農には国内からの観光客はもとより、国外、それも欧米からの観光の需要があるかもしれないということです。もちろん、英語など言語環境の整備、その人材確保などハードルは少なくありません。
 しかしながら、既に北海道は、その豊かな自然と周囲を取り囲む海から得られる山海の幸により、国内はもとより、国外においても魅力的な旅行先として認知されています。さらに各地で取り組まれている酪農を始めとする景観づくりは、北海道の観光名所である美しい景観たちを生み出しており、その観光に対する貢献は大きいでしょう。こういった既に景観を基軸とした観光資源のベースがある北海道には、今後より一層、欧米人を惹きつける大きな可能性を感じさせるものがあります。
 カナダでの成功事例が北海道でも取り入れられ、成功する可能性は十分に考えられるでしょう。ただ、そこは真似するだけではなく、カナダにも負けない四季を持つ風土、そして今既にある北海道の美しい酪農景観、それをつくる酪農産業を利用して、さらなる観光コンテンツへの転換がはかれるのではないでしょうか。その結果、欧米から、より観光客を呼ぶことも可能でしょう。
 現在の日本では、2020年に東京オリンピックが開催予定であり、訪日外国人旅行の受け入れには積極的です。酪農産業が中心となって、酪農の風景を身近に感じている欧米人たちに北海道の魅力を発信できる絶好の機会ではないでしょうか。