私が住むカナダと北海道には類似点が多く見られます。どこまでも広がる大地、青く澄んだ広い空、切り立った山々、豊潤な山と海の幸、厳寒の気候など、数え上げたらキリがありません。また、ロッキー山脈の麓に広がるアルバータ州と北海道は姉妹関係にあるなど、政治・経済面でもその結びつきは多岐にわたります。今回はこの2つの似ている土地を酪農景観への取り組みという視点から考察してみたいと思います。

北海道における酪農景観づくり

 北海道もカナダも、豊かな大地を背景に、耕地面積が広く農業が主要な産業のひとつとなっており、その中で酪農は重要な一角を占めています。北海道では、その酪農という産業がつくる風景を酪農景観として整える取り組みを各所で実施しています。しかしながら、北海道のように酪農景観を地域でつくろうとする取り組みについては、カナダはあまり知られていません。北海道ではグリーン・ツーリズムに関する条例等をつくり、農村における景観づくりは重要な事項として各地で進めています。たとえば鹿追町では、1988年にファームイン研究会を立ち上げ、グリーン・ツーリズムの研究や実践を行うことを目的に、ヨーロッパを視察し、景観づくりやツーリズムなどを積極的に学ぶ機会を設けてきました。具体的には農家の花壇整備、散在していた農機具を収納、廃屋の撤去など、「酪農景観づくり」=「魅せる農村づくり」が実践されています。さらに、家畜排せつ物の処理とその臭気対策のため、バイオガス燃料によって電気と熱エネルギーを作る循環型施設を設置するなど、目に見えない部分にもしっかりと手を打ち、環境に優しい再生エネルギーを積極的に活用。ファームイン研究会は、「NPO法人北海道ツーリズム協会」として2000年に改組され、その活動は現在北海道全土に及んでいます。他にも北海道では、酪農景観づくりに積極的に取り組む地域が数多く知られています。

カナダ最大の酪農地域オンタリオ

 一方、カナダでは、どのような取り組みが行われているのでしょうか。カナダの酪農における景観づくりへの取り組みについて確認してみましょう。ここでは、カナダ最大の酪農地帯のひとつであるオンタリオ州の施策を取り上げます。
 オンタリオ州はカナダ東部に位置しており、五大湖の北に広がり、著名な観光地であるナイアガラの滝があることで知られています。またカナダ最大の都市トロントと首都オタワを擁し、まさにカナダの政治経済の中心地といえます。このように書くと都市部のイメージが強く感じられますが、オンタリオというひとつの州だけで日本の3倍の面積を持つのに対し、人口は1300万人弱。これでも単独の州としては、カナダで最も人口が多く、カナダという国が、いかに人口密度が低く、自然に恵まれた国であるかをよく表しています。
 話を景観づくりに戻しましょう。私はカナダに移り住んで20年になりますが、農村が景観づくりに取り組んでいるという話を聞いたことがありません。旅行業という仕事柄、カナダ各地を訪問し、観光地以外の場所にも随分と足を運びましたが、それでも、そういった事例にお目にかかったことがありませんでした。もちろん、酪農の専門家ではありませんし、たまたま気づくことがなかったのかも知れません。そこで、オンタリオ州酪農協会広報担当マネージャー、ローラル・アダムズ氏にお話を伺ってみました。

魅せる景観、見せない景観

 まず、確認したかったのが放牧について。牧歌的な雰囲気を醸し出す放牧は北海道の風景に欠かせませんが、カナダでは茶色や黒の肉牛の放牧は見られても、白と黒の斑紋でおなじみのホルスタイン種を始めとする乳牛の放牧を見た記憶がありません。その疑問を率直にぶつけてみました。「オンタリオ州では放牧酪農や北海道で主流の放牧地と牛舎を行き来する草地酪農は、一部の有機農家を除き、あまり一般的ではありません。冬の寒さが厳しく、夏は雷雨なども多いオンタリオ州の気候では、屋内飼育が一般的です。ちなみに有機農家はカナダ全土にある牧場(カナダ酪農協会所属)のうち、2%程度です」(アダムズ氏)。酪農家の9割はオンタリオ州とその隣に位置するケベック州が占めており、この2州は地理的にも近く、気候も非常に似通っていることから、これがカナダ全土における放牧の実情と考えて差し支えないと思います。私が見たことがないというのも、当然という回答でした。
 次に、北海道のように町をあげての景観づくりについても、そういった事例があるのか、確認してみました。「町や村全体の景観を作り出すという取り組みはありませんが、環境保護に関しては、最優先事項として州酪農協会を中心に取り組みがなされています。一例として、州南部にあるクローバーミード牧場では、牧場とその周辺の環境をより良くするための取り組みが行われています。具体的には嫌気性消化装置を使い、牧場で発生した牛糞をバイオガスにして、それを元に有機飼料を製造しています。また、土地の最低10%を極力自然に近い状態に保全し、野生動物の生息域や通り道を確保するなどの取り組みが行われています」(アダムズ氏)。
 牛糞をバイオガスにするなど、北海道の多くの地域が取り組む農村として酪農の営みを魅せる酪農景観づくりではなく、全般的にいかに自然と調和させるか、人間の営みを見せないか、ということにカナダでは主眼が置かれています。広大な国土を擁するカナダでは手付かずの自然が周囲にあることが当たり前で、そういった自然をいかにそのままにしておくかということを大切にする傾向があります。積極的に人の手で景観づくりを行うのではなく、人工的に作られたものを人工的に見せないようにして、いかに自然と調和させるかを考えるのがカナダの傾向だと言えるでしょう。
 逆に、日本の酪農景観づくりは、冒頭で示した鹿追町の事例のように、花壇を整備したり、農機を見えないようにしたり、人間の営みをいかに美しく魅せるか、というところに主眼が置かれています。『農業農村整備事業における 景観配慮の手引き』(参考1)でも、「農村地域の景観を特徴づけるのは、農業の持続的な営みとともに「水」と「土」により形成されてきた二次的自然である」と紹介されており、人の手が入っている自然をいかに綺麗に、いかに良い状態で保つか、という部分に重きが置かれています。カナダと違い、その国土が狭い日本では、かねてより自然と共存する、という思想があり、人と自然が共存する風景をつくってきたのでしょう。

カナダの酪農の未来を北海道酪農に見る

 日本の27倍の面積を誇るカナダは、その全土に満遍なく人が住んでいるわけではなく、その大部分は未開の原野です。つまり人の住む場所と、それ以外が明確に区分されています。カナダは移民に寛容ということもあり、世界各国から人が流入し、人口が右肩上がりです。宅地開発は急激に郊外に及びつつあり、こんなところまで家が建つようになったのか、と目まぐるしいスピードで大きな変化が生じています。その結果、宅地と農場が隣接するような場所が多くなり、これまでのような自然との調和だけではなく、農村と人の生活エリアとの共存が必要なステージに差し掛かっているのではと感じられずにはいられません。また、近年、カナダにおいても地産地消が好まれるようになり、都市部近郊における農場の存在価値が高まりつつあります。町全体のグランドデザインを考える上で、町と農場の共存というものがテーマに掲げられてもおかしくないでしょう。
 北海道では、カナダほどの広大さはありませんが、人の住む農村の中の酪農空間をいかに魅せるものにするかという取り組みが各所で行われています。そこには日本人ならではの細やかな配慮も随所に見受けられ、国内外から評価を得て観光客を呼び込んでいます。こうした景観づくりという側面においては、北海道はカナダと比較して進んでいるといえるでしょう。そのため、こうした事例は、カナダの酪農景観の次のステージを考える上で、ひとつの方向性を示しているのかもしれません。

<参考>

【参考1】
農林水産省「農業農村整備事業における 景観配慮の手引き」
http://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/nousin/pdf/report02.pdf